There is no eternity


まだ20年しか生きていないけど、
そのたった20年でさえ、
いろんな出来事や物や人が私の前を通りすぎていく。
時には、長いお付き合いになったり、何度も同じ経験が出来たり、
同じ人に何度も会えたり、同じ場所に一定期間滞在したりする。
それが、長ければ長いほど、回数が多ければ多いほど、
永遠にあることのように感じたり、
いつでも何度でもこの人には会えるように思えてくる。
これからもずっとその環境にいれるように思えてくる。
それが自分の生活や日々の中で当たり前になってくる。
きっとみんなそうだと思う。
でも、どれだけ何年も続いたことや、使い続けたもの、
近くで過ごしたものや人も、お別れすることが何度もあった。
何度もしてた経験も、最後の日があって、
毎週行っていた習い事も通わなくなった日があって、
何度も見ていた好きだった芸能人も引退して、
もうテレビでは見れなくなる。
あたり前に会えてた人が亡くなって、
飛行機に乗っても、どれだけ願っても会えないところに行ってしまう。
私の人生の中で立ち止まってくれる人も、出来事もたくさんある。
でも、どれに関しても、「永遠に」ではない。



「いつも終わりを意識しながら日々を過ごせ」とか、
「お別れを常に意識しながら人に接するべき」だとか、
そんなことが言いたい訳じゃない。
でも、20年しか生きてない私でさえも、強く感じることは、
あたり前に、永遠に、ずっと、何度も、っていうのは、あり得ないってこと。



そんな風に思う経験を何度もしてるから、
毎回、幸せな瞬間、素敵な出会い、日々のあたり前の出来事も、
旅先や留学先での貴重な出来事も、
「噛みしめておこう」って思う。
でも、何度、「噛みしめよう」って思っても、
「噛みしめる」ってどうやるん?
そういう出来事を噛みしめきれたことがない。
そんなことができるなら、誰もお別れの日や、何かを辞める日、
どこかに行くのが最後の日、旅立つ日を悲しんだりしない。
「もう十分。」って飽きるほど全ての同じ経験ができる事なんてないし、
大切な人には、何回会っても
「もうこの人に会うのは、今日が最後でいいわ」
なんて思う日はきっと一生やってこない。
だから、生きてるとひとつひとつ何かと出会って、
お別れして、また出会って…って繰り返しが、
幸せなのか辛いのかわからない。
私が子どもだから受け止められないのかもしれない。
大人になったら、「それが人生ってものよ~」なんて言いながら、
もっとあっさりするんかな?
なかなか、そんな風に思える日が来ることを想像できない。




今も、毎日の中で目まぐるしく私の人生を、
いろんな人や出来事が通りすぎていく。
瞬間瞬間を噛みしめたいけど、噛みしめきれない。
もどかしいけど、そんな通りすぎてく事とかを、
大切にしながら生きていきたいと思う。
そして、大好きな人や物や出来事が限られた人生の中で、
多くの時間を占めて欲しいと心から思う。




END


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