隣の芝生は青い
当たり前に私もそう思って生きてる。
それでも生きてると、嫌なことも起こるし、
「え?あたしだけ?」とか思う時もあるし、
「え?あたしだけ?」とか思う時もあるし、
もっとこうだったらいいのにとか、
これがあれば、スタイルが良ければ、お金持ちだったら、
頭が良かったら、あの高校に行けてたら、
あの大学に行けてたら、好きなだけ欲しいものが買えれば、
好きなだけ旅行に行けたら、あの国で生まれていれば、
あの大学に行けてたら、好きなだけ欲しいものが買えれば、
好きなだけ旅行に行けたら、あの国で生まれていれば、
あの子みたいにもっと可愛かったら、
ポジティブだったら、勇気があったら、
技術があったら、人脈があったら…
技術があったら、人脈があったら…
そんなこと考えだしたらキリがないほどに、
いろんな欲が私の頭の中に浮かぶ。
それでも、そういう欲しかったものを手にできた時、
急に幸せになったりしない。
初めは嬉しくてしょうがなくても、
初めは嬉しくてしょうがなくても、
それがすぐに自分の中で当たり前になって、
特別なことに思えなくなる。
でも、なかなかそれに気づけない。
現実世界でも、自分より優れた人、恵まれた人、
自分が欲しい何かを持ってる人、キラキラした人が溢れてる。
その上、今はスマホを開いてSNSを見るだけで、
そういう人が嫌という程溢れかえってる。
それを見てまた、「自分にはこれもない、あれもない」
って、自分にないものがどんどん目に入り込んでくる。
それが近い友達であればある程に劣等感が増していく。
すごく幸せそうなインスタグラマーでさえ、
「私もめちゃくちゃ病む。でも、みんなが見てるのは、
私の生活のほんの一部の楽しい部分。」って言ってた。
その言葉をその人から聞いた時、
その言葉をその人から聞いた時、
人のそういう外からしか見えてない
キラキラしたところだけを見て、
自分にないものを見つけて、しんどくなったりしてるって感じた。
特に、今、私と同世代は就活中。
私もニュージーランドに来るまで就活をしてた。
就活してると自分より学歴が高いとか、
頭が良いとか、能力があるとか、経験が豊かだとか、
人のことばかり目について、
人のことばかり目について、
自信喪失することが多々あった。
それは、私に限らず、いろんな学生が同じことを言う。
そんな状況の中、自信満々で会社の面接で自分を売り込むなんて、
私たちは、だいぶハードなことをしてる。
そんな状況の中、自信満々で会社の面接で自分を売り込むなんて、
私たちは、だいぶハードなことをしてる。
自分だけのものさしで、全ての事を計ることは、簡単じゃない。
でも、一生こんな考え方をしてたら、
私は一生幸せになんかなれないし、
満足する日なんて来ないし、誰かを羨ましがり続ける。
だから自分は本当は何に対して幸せを感じるのかを
探すようになったし、完全にではなくても、
そう出来るようになってから、だいぶ生きやすくなった。
大好きな人たちと、ただしゃべってるだけで幸せだし、
母の手料理が美味しくて幸せだし、
好きなfragranceをつけて歩いて、
たまに香った時も幸せだし、
私の悪いところもわかった上でずっと仲良くしてくれる
友達がいることも幸せだし、
天気が良くて家の中に差し込んでくる日差しを
浴びながらしたすらゆっくりするのも幸せ。
おいしい紅茶を見つけて家でゆっくり淹れる時も幸せ。
普通に生活してる中で幸せなことが溢れかえってるのに、
焦ってる時とか心に余裕がない時は、
人が持ってるものにばかり目がいく。
正に、‘‘隣の芝生は青い‘‘って言葉がぴったり。
そういうことに対して、「私は私、他人は他人」だと
はっきり分けて生きられたら、自信がないと感じる場面も
減るだろうし、自分が感じる自分だけの良いところを
就活をする時もはっきりと自信を持って言えるんだと思う。
私はずっとそういうものに囚われて生きてたし、
本当にしんどかった。
このままの自分で生きていくのは嫌だったし、
自分の物差しで物事を計れないまま、
なんとなく良い会社に就職しても
一生幸せになれないと思った。
だから、休学してやりたかった海外での生活を選んだ。
海外に行ったら自然と自分の物差しが出来るなんて思ってない。
ちゃんと1年休学までした分、自分で出来る限りの
努力はするし、常に自分に問いかけ続けてる。
New Zealandにきて自分の時間をたくさん作るようになって、
今まで目を逸らしたままでいたことも、
奥の奥まで深く突き詰めて考える時間が出来て、
今までの自分の中のしがらみが少しずつなくなっていってる時期。
そのしがらみを今から成長していく中で、
限りなくゼロに近づけていきたい。
END
でも、一生こんな考え方をしてたら、
私は一生幸せになんかなれないし、
満足する日なんて来ないし、誰かを羨ましがり続ける。
だから自分は本当は何に対して幸せを感じるのかを
探すようになったし、完全にではなくても、
そう出来るようになってから、だいぶ生きやすくなった。
大好きな人たちと、ただしゃべってるだけで幸せだし、
母の手料理が美味しくて幸せだし、
好きなfragranceをつけて歩いて、
たまに香った時も幸せだし、
私の悪いところもわかった上でずっと仲良くしてくれる
友達がいることも幸せだし、
天気が良くて家の中に差し込んでくる日差しを
浴びながらしたすらゆっくりするのも幸せ。
おいしい紅茶を見つけて家でゆっくり淹れる時も幸せ。
普通に生活してる中で幸せなことが溢れかえってるのに、
焦ってる時とか心に余裕がない時は、
人が持ってるものにばかり目がいく。
正に、‘‘隣の芝生は青い‘‘って言葉がぴったり。
そういうことに対して、「私は私、他人は他人」だと
はっきり分けて生きられたら、自信がないと感じる場面も
減るだろうし、自分が感じる自分だけの良いところを
就活をする時もはっきりと自信を持って言えるんだと思う。
私はずっとそういうものに囚われて生きてたし、
本当にしんどかった。
このままの自分で生きていくのは嫌だったし、
自分の物差しで物事を計れないまま、
なんとなく良い会社に就職しても
一生幸せになれないと思った。
だから、休学してやりたかった海外での生活を選んだ。
海外に行ったら自然と自分の物差しが出来るなんて思ってない。
ちゃんと1年休学までした分、自分で出来る限りの
努力はするし、常に自分に問いかけ続けてる。
New Zealandにきて自分の時間をたくさん作るようになって、
今まで目を逸らしたままでいたことも、
奥の奥まで深く突き詰めて考える時間が出来て、
今までの自分の中のしがらみが少しずつなくなっていってる時期。
そのしがらみを今から成長していく中で、
限りなくゼロに近づけていきたい。
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